囲碁と私 〜出会い、繋がり、そして今
  

 1.囲碁との出会い

 私が初めて囲碁のルールを知ったのは、大学3年の12月でした。男声合唱団・九大コールアカデミー(ChorAkademie)のメンバー6人が、練習後に私の下宿に集まって麻雀を打っていました。途中から、あふれた2人がどこからか碁盤・碁石を持って来て、4人は麻雀、2人は囲碁を打つという構図になったのです。

 囲碁を知らない私が麻雀から外れたとき、同期のY君が碁のルールを解説してくれて、そのあとすぐに9子局(ハンディ戦)にて指導碁になりました。私が一手打つたびに何故ここに打ったのか聞かれ、応えると正解・不正解・保留(今は評価できず)の3種類で評価してくれ、不正解の場合はその理由を懇切丁寧に教えてくれました。これで、私はその日から、いわば碁のとりこになりました。世の中にこれほど面白いゲームがあることに感謝しました。

 その日から、私の部屋は、4人そろえば麻雀部屋・3人以下なら碁会所として私が卒業するまで機能していました。私は何事にも(人にも)惚れやすい性格なのですが、今振り返って、碁との出会いは我が人生5大イベントのひとつだったと思っています。1ヶ月後には、Y君とのハンディキャップも4子で対等、6ヶ月後には逆転しました。

2.人生の恩師との出会い

 私の大学時代4年間を通じてChorAkademieの常任指揮者(今は永世名誉指揮者)だったF先生が私の部屋で徹夜で碁を打たれたのは、碁を覚えて1ヶ月後、定期演奏会の夜でした。そのときも9子局での指導碁でしたが、F先生から「筋がすごく良い」という評価を頂いたこともあって、私がそれまで以上に碁に打ち込む契機となりました。学生時代のその後1年あまりの間に7〜8回、F先生が来福(福岡)される度に私の下宿で徹夜で碁を打ちました。

 さらに、私が社会人となって大阪の会社の独身寮に入ったあとも、F先生が演奏会などで大阪にお見えになる度に、私の部屋での徹夜碁は続きました。9年の間に累計で150局を超えました。その対戦記録を見ると、最後の1年は 1局手代わりで打っており、2子局〜5子局での往復です。

 私は、ChorAkademieの学生指揮を2年間務めました。その間一度だけ、音楽面での限界を感じたり、クラブ活動のあり方についての理想論との乖離で悩んだりで休部した時期がありました。その時も、徹夜碁を打ちながらのF先生の励ましを賜り、クラブに復帰しました。私の今日があるのも、F先生の励ましによる自信回復に拠るところ、極めて大です。

    * F先生は著名な作曲家・指揮者で、NHKの音楽番組等に出演されていました。また、囲碁でも、当時の日曜日(12:00-14:00)のNHKの囲碁番組に聞き手として2回出演されたほどの実力者です。

3.親孝行

 私の父も、会社の同僚と一緒に碁を打っていました。私が社会人になってからは、年に2回ほど福岡に帰省しておりますが、碁に興味を持っていることを父に話すと、本当に嬉しそうな顔をしていました。

 当初は、父が上手の3子局でしたが途中から逆転し、最後は私が上手の3子局で打ちました。通常は上手が白石・下手が黒石を持つのですが、父との対戦では常に父が白石として打ちました。当初は戸惑いを見せていた父も、それが当たり前という顔をして楽しそうに打っていました。男の親子というのは、あまり世間話をしないと思うのですが(特に私はその傾向が強い)、一緒に碁を打つようになってからは色々と相談をするようになっていきました。その意味でも、碁が親子の架け橋になってくれました。

 父が癌に侵され、あと長くても2年程度とわかって帰省したその夜が、最後の対局でした。以降も碁盤に向かう度に、父のことを思い出します。

4.最近の対局

 5年ほど前から、大井町にある碁会所に1回/月のペースで通っています。勝敗は、ほぼ勝ち負け同数程度ですが、恐らく3段程度の棋力だと思います。
 また、最近はネット対局で休日や深夜に自宅で打っていますが、これも勝ち負け同数です。ただ、私は目が疲れやすいこともあってマウスをクリックする場所が一路違い(1つ隣りでクリックしてしまう)ということが頻繁にあって、この失敗をすると100%に近い確率で負けてしまいます。

5.碁の深さ

 碁は、知れば知るほど「難しい」、そして「深い」ものだと感じます。色々なゲームやスポーツでは、たまにアマチュアがプロを負かすということが見られますが、碁では ほとんど100%の確率でプロ(上手)が勝ちます。((石の置き場所を間違った場合は別ですが)

 そのために、置石というハンディキャップが普通に利用されています。また 碁の場合、下手は上手に対して年齢・性別とは全く関係なしに少なからぬ尊敬の念を抱きます。会社の職制もそっちのけですから、社長が新入社員に対してとか、先輩が後輩に対して「一目置く」「尊敬する」という姿が頻繁に見られます。

6.碁から来ている言葉

 世間で良く耳にする言葉の中で、いくつか碁から来ているものがあります。その一部を紹介します。

@ 駄目(だめ)

 「碁盤の目(め)」(交点を数えるときは「目(もく)」と呼びます)と言いますが、その中で双方どちらが打っても地(じ:石で囲まれた陣地のこと)にならない所が現れます。 そこを囲碁では駄目と呼びます。価値のない無駄な目(め)のことを言うのです。

A 布石(ふせき)

 対局の序盤に全体を見通して打つ石の配置のことです。一般的な意味としては、「将来のために整えておく手はず」です。

B 定石(じょうせき)

 囲碁では、古来からの研究によって、攻守ともに最善とされる決まった形の打ち方のことを定石と呼びます。近年は研究が盛んに行われており、日々定石が進化しています。

C 一目置く(いちもくおく)

 囲碁ではハンデを付けるときに初めから石をいくつか置いて対局します。 1級(段)差なら、下手が黒で始めます。2級差なら、最初に2子(し:碁石の数える単位)置いて始めます。例えば、3級の人と8級の人が対局する場合、8級の人が黒石を5子置いてから始めます。 一般的には、自分より優れている者に対して一歩譲ることを意味します。

D 傍目八目(おかめはちもく)

 他人の碁を端で見ていると対局者よりも八目ほども先を読むことができることを言い、第三者の方が物事の内容・本質を見分けることができるという意味です。 また「岡目八目」とも書きます。

E 八百長(やおちょう)

 八百屋の長兵衛という人がいて、弱い相手と対局するときにわざと勝ったり負けたりしていたそうです。現在ではお互いが示し合わせた上でのものを言いますので、もともとの意味合いとは少し違う使われ方をしています。

F 大局観

 物事全体の動き・形勢についての判断能力のこと を言います。

  使用例  大局観に優れる

                      以上

  
 「AU雑技団」表紙ページへ