コール有朋が 多摩市の市民表彰を受賞

 

 2009.11.1付で、私達のコール有朋が多摩市の市民表彰を受けた。10.30に行われた表彰式には、壇上には代表者として島田正雄が上がったが、客席には創立者で指揮指導者の島田恵美子やメンバーの多数が列席し、壇上で代表者が受賞する時は全員が立ち上がり、代表者とともに一礼し、表彰が個人に対するものではなく、「コール有朋」というコーラスボランティア団体に対するものであることを行動で示し、ともに喜んだ。この行動には、参列者や客席の人達も驚き、かつ感心していた。

(注)今までは、個人としての表彰はあっても、ボランティア活動に対する団体としての表彰は稀である。市側も最初は個人表彰の心算だったようだが、推薦者に対して「私達の努力だけでなく、コール有朋全員の一体化した行動を表彰してほしい」と言ったのが、心を動かしたようである。

 表彰の理由は、「コール有朋が20年余りコーラスボランティア活動を続け、市民福祉や市民活性化に貢献してきた。その行動が市民の模範になる」ということである。正に、恵美子のボランティア精神に共感するメンバー全員の「心を一つにした」長年の実践活動が、成果を出したのである。正に「心のハーモニー」「心の絆」が「歌のハーモニー」の基になり、それが地域の人々の心を動かして、推薦者が何人も現れたのである。

 

では、表彰の原動力となった、恵美子の理念を書いてみよう

 

 恵美子は幼いころから音楽中心の人生を送ってきた。1941年、小学校4年生でNHKの全国放送に初出演、戦時中は宮城県に疎開したが、唱歌や童謡で疎開学童を慰問した。終戦後は荻窪の自宅に戻り、音楽の勉強を始めた。ドイツ・イタリアの歌曲、発声法、ピアノが主体である。コーラスに関しても幾つかの合唱団に所属し、中心的役割を果たしてきた。そして、ピアノ伴奏者であるM先生に依頼され、先生の指揮するNKK混声合唱団の応援に出かけるようになった。この合唱団は正雄が創設したものであり、一緒に歌うことがキッカケで、恵美子と正雄は結婚することになり、コーラスを含む音楽分野での協力体制が出来たのである。 結婚直後から、恵美子は田舎で暮らしている正雄の家族の生計を支援するため、中野区の自宅で音楽教育を始めた。主としてピアノと声楽である。そして音楽歴の後半から、コーラス活動にも次第に力を入れるようになる。

 

 コーラス活動の経験が深まるにつれ、恵美子は重大なことに気付いた。多くの合唱団が「自分達だけで楽しく歌えばいい」と思っていること、レベルが上がると「発表会を開いて自分達の歌をお客様に聞かせたい」というのが主体になること、更には「コンクールに出て良い成績を上げること」ばかりを考えること、などである。そのためにはメンバーのレベルを上げなければならないので、高齢者を除外したり、入会基準(歌唱能力)を厳しくしたり、贅沢な服装で壇上に上るようにしたり、先生の謝礼に大金を使ったり、恵美子の気持ちにそぐわないことが多い、ということがわかってきたのである。当時は「世のた め人のため」という合唱団は、殆んど見当たらなかったのである。

 恵美子は、「これではいけない」と思った。「こんなやり方は早く卒業して、質素で素朴で心のハーモニーを大切にする合唱団を作り、自分達だけがコーラスを楽しむのではなく、訪問先の人達が何時までも向上心をもって、イキイキと生きていくのをサポートする、ボランティアグループになりたい。そのためには、指揮者は謝礼を取らず、伴奏者も無償でやってくれる人を探し、メンバーもボランティア精神に共感してくれる人を集めたい」と心に決めたのである。「世のため人のため」が、決心のベースになったのである。これは30年近く前のことであった。

 

      その決心を具体化するキッカケになったのは、多摩市福祉会館での出来事である。

   恵美子は、福祉会館から依頼されて、高齢者グループへの訪問コンサートを行った。それは楽しく終了した。そのとき、隣の部屋に集まっていた車椅子の身障者達が声をかけてきた。「お願いです。一曲でもいいから、ナマの音楽を私達にも聞かせてください」 恵美子はすぐにOKした。不自由な身体で精一杯喜んでくれる人達の気持ちが、強く胸に響いた。胸の痛くなる思いでみんなの好きな曲を奏で、一緒に歌い、楽しんでもらい、元気づけた。別れる時の感涙と温かい握手は、今でも忘れられない。

   当日恵美子は、過労のため高熱を出していた。それを押し切って、約束を果たすため訪問コンサートに出かけたのである。そのため医者に点滴してもらい、やっと約束が果たせた。その上思いもかけず、身障者達に「音楽による元気づけ」の贈り物が出来た。こうして「奉仕の精神」を全うした恵美子は、「信念」の上に「自信」も身についた。これがコール有朋を育てる「底力」となり、恵美子の人生の生甲斐と幸せの基になっている。恵美子にもやりたいことは沢山ある。それを我慢して、コーラスボランティアに集中する基本が、ここに芽生えたのである。恵美子は、コール有朋の練習日に、21年間一度も欠席したことが無い。こんな指揮者はメッタに居ないのではないか。

 

 これがキッカケで、恵美子は次々と多くのコミュニティー施設や、厚生荘・和光園・偕楽荘・白楽荘・ホロス由木・茅野デイサービスセンター・みさと保育所などに出向くようになり、これにコール有朋のメンバーも全員協力して今日に及んでいる。これらの外に、TEPCO1万人コンサート・TEPCOふれあいコンサート・多摩市の長寿を共に祝う会・永山フェスティバルなど、ボランティア的な地域活動にも進んで参加している。教え子達のピアノ伴奏への協力や、メンバーの家族的な愛情に支えられ、感謝しながら奉仕活動に専念している。

 

ここで、本題に戻る。

 

 こうして活動しているコール有朋は、「自分が楽しむ為のコーラス団体」ではない。「訪問先の人達を喜ばせ、元気づけ、世のため人のためになるように活動するコーラス団体」なのである。しかも、みんなが元気になるには、我々の歌を聞かせるだけでなく、みんなと一緒に大きな声で歌うことが大切なのである。こうして「訪問先の人達が元気になってくれること」が、自分達にとってもとても嬉しく、元気の基になるのである。「世のため人のため」は、同時に「自分達のため」にもなっているのである。

 今回の表彰で、コール有朋の一体感はますます強化された。指揮者島田恵美子を中心とする、心の絆で結ばれ、心のハーモニーに満ちたコール有朋は、「継続は力なり」をモットーにますます発展するだろう。

 「音楽は世界の共通語」である。豊な感性と心のこもった言葉で歌えば、自然に表現力が高まり、そのハーモニーは必ず聴く人の心に伝わるものである。メンバー全員が力を合わせるコール有朋の素晴らしさは、今回の表彰を機に、ますます地域や関係者の方々にわかっていただけるようになるだろう。それが私達のエネルギーの源になるのである。

 

(備考)

1 ナマの音楽をお届けするための準備を含め、月2回(1回3時間)の練習で、毎回15曲位練習する。そうしないと、訪問コンサートの曲が不足してしまうのだ。ここまで多くの曲を練習する団体は、外には無いのではないか。

2 訪問コンサートは、最初の間は1年で35回だったが、最近では810回になっている。かなりの回数である。

2009.11.15

 

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