続・新聞の研究(その1)日興コーディアルグループの「上場廃止」報道を巡って     蜑コ 彊

 

 200612月末、日興コーディアルグループによる粉飾決算が、証券取引等監視委員会の摘発により発覚し、東京証券取引所などに上場されていた同グループの株式の上場維持を許すべきかどうかが問題となりました。東証は翌2007312日に同グループは上場廃止基準に該当しないとの決定を下し、この問題には一応の結着が付けられました。その後20081月に、同グループは米国のシティグループの完全子会社となったため(親会社が上場していないので)、結局上場廃止にはなったのですが、この粉飾決算の発覚(200612月)から、東証決定に至るおよそ4ヶ月の間の新聞報道について考えてみたいと思います。ニュースとしては新しい問題ではなく、旧聞に属する事項ということになるのですが、新聞報道のあり方としては、現在も課題が残されていると思うのです。

 

1 事実の経過

    はじめに、この間に生じた、この問題に関連する事実を発生順に記して置きます。

(1)  2006.12.18

証券取引等監視委員会が、日興コーディアルグループによる有価証券報告書の虚偽記載(子会社の利益を水増し記載)に基づく社債公募を違法行為として、金融庁に対して、課徴金納付命令を出すよう勧告する。

(2)  同日

東証は、日興コーディアルグループ株式を監理ポストに割り当てる。

(3)  2006.12.25

       日興コーディアルグループは、社長、会長の引責辞任を決定する。

(4)  2007.1.30

日興コーディアルグループの委嘱を受けた特別調査委員会(委員長:日野正晴駿河台大学法科大学院教授)の調査結果(調査報告書)が公表される。

(5)  2007.2.27

日興コーディアルグループは、有価証券報告書の訂正報告書を関東財務局に提出、訂正を監査したあらた監査法人は無限定の適正意見を表明。

(6)  2007.3.12

東証は、日興コーディアルグループが上場廃止基準に該当しないとして、監理ポスト割当ての解除を決定し、同グループに対して改善報告書の提出を求め、注意勧告を実施する。

(7)  2007.3.26

日興コーディアルグループは、東証に対して改善報告書を提出する。

 

 日興コーディアル株式が監理ポストに割当てられていた2006年12月下旬から、20073月上旬までの期間、当然のことながら、各紙とも日興グループが上場廃止になるのかどうかに注目し、その点に重点をおいて記事を作っていたように見えます。そのような報道の中で、日経新聞は228日付、朝日新聞は33日付で、それぞれ、

 

「東京証券取引所は二十七日、日興コーディアルグループ株を上場廃止にする方向で最終調整に入った。」(日経)

 

「東京、大阪、名古屋の3証券取引所は2日、不正な利益水増しで過去の決算を訂正した国内3大証券のひとつ日興コーディアルグループの株式を、上場廃止する方向で最終調整に入った。」(朝日)

 

と報道し、引き続き読売、産経、東京などの各紙も3月上旬中に「上場廃止」を報じました。これらの報道は、上述の312日の東証決定により否定され、結果として誤報ということになりました。その結果を受けて、日経・朝日両紙は、この報道に関する検証記事を掲載して釈明を行い、また、上場廃止の報道を行わなかった毎日新聞も、「何故上場廃止報道を控えたのか。」ということについて、検証記事により説明をしています。

以下では、三紙(毎日、日経、朝日)の検証記事と同じ時期の社説および同問題の報道内容を参照して、新聞記事の作られ方と、考え方の違いを比較し、その当否を確かめてみようと思います。

 

2 毎日新聞の場合

全国紙の中で唯一、上場廃止を報道しなかった毎日新聞は、315日付で「検証 日興問題」というタイトルを付けた検証記事を掲載し、その中で同紙が上場維持の可能性が高いと判断した根拠を記述しています。

この記事によれば、

東証は上場廃止基準の一つとして定められた「有価証券報告書等に「虚偽記載」を行った場合で、その影響が重大であると当取引所が認めたとき」に基づき、日興のケースを過去の同種事例と慎重に比較しており、特に@利益水増し率は過去のケースと比べて過大か、A不正行為が組織的に行われ、悪質かという2点に着目しこの両方が満たされれば上場廃止と判断することとしていた。

この2点のうち、

@については、「日興の利益水増し率は、約3割で、過去に上場廃止とされたカネボウや西武鉄道に比べて影響は軽微」という東証幹部の発言があり、Aについては日興グループ調査委員会の調査報告書が出た後、東証は「組織ぐるみで悪質」との認識に傾いたが、それでも「報告書はあくまで可能性を指摘しているだけ。東証として組織的な悪質性まで断定できるかはわからない」との幹部の発言があった。

 

これらの取材内容から、毎日新聞は、「東証は上場廃止の方針を固めておらず、逆に上場維持の可能性も十分あると見ていた。」としています。この記事内容からは、毎日新聞が、上場維持か否かを決定する当事者(東証幹部)から直接取材して、決定の現場に肉薄しようとする姿勢を持っていたこと、結果としてそのような姿勢が誤報を防ぐことにつながったことがよく理解できます。毎日新聞もこのような見方で社内がまとまっていたようではなく、例えば東証決定の4日前の38日の社説には、「日興株の上場廃止は避けられそうもな()旨の言葉が見えます。それだけに、新聞社間の取材競争のプレッシャーに耐えて、「上場廃止報道を控えた」毎日新聞の現場記者の気概は高く評価できると思います。

 

3 日経新聞の場合

上でも触れましたが、日経新聞は各紙のトップを切って、228日の朝刊で、東証が日興グループ株式の上場廃止の最終調整に入るとの報道を行いました。この記事の根拠として挙げられたのは次の三点です。

 

@     東証は日興の前経営陣からの聴取を終え、「不正会計は組織的で、市場に与えた影響は大きい」(東証幹部)との見方を固めた。

A 上場廃止の是非について見解を求めた複数の法律家から「上場廃止が妥当」との意見を取り付けた。

B 金融庁も東証の判断に反対しないと見られる。

 

この報道が312日の東証決定によって最終的に否定された翌13日に、日経紙はその東証決定を報道する記事とともに、「本紙「日興上場廃止へ」報道の経緯」と題した検証記事を発表しました。この検証記事では、日経紙は同報道の根拠として次の取材内容三点を挙げています。

 

@    東証幹部が223日、「日興の財務責任者が不正会計に関与しているなら、十分に組織的」と発言した。

A    224日には別の東証幹部が「多くの法律家の意見をとったが、全部が上場廃止だった」と答えた。

B    日興が訂正有価証券報告書を提出した227日に行政当局筋が「(訂正報告書の提出後でも)廃止の方向は覆らない」と発言した。

 

   日経新聞が上場廃止報道の根拠および検証記事の根拠として挙げている各三つの点 は当然のことながらそれぞれが相互に対応しているのですが、検証記事の内容には具体性があり、かつ客観的であるのに対して、廃止報道の内容は抽象化され、主観的になっているように読めます。新聞が取材活動によって把握した事実を記事にする過程で、新聞社としての判断や意見が加味されたうえで、読者に提供されることをこの内容の変化は示しています。

 

また日経新聞と毎日新聞の検証記事の内容を比較すると、両紙とも東証幹部から取材しながら、記事として取り上げた発言は、その方向性(廃止の方向か、維持の方向か)が正反対であることに気づかされます。特に日興の不正会計が組織的で悪質かと言う点については、その内容も反対(日経;「十分に組織的」、毎日;「組織的な悪質性まで断定できるかはわからない」)に近いように見えます。また、毎日新聞の検証記事には、決定当事者である東証が廃止と判断するのはどんな場合かという視点があり、その具体的内容(上述青字部分)についても言及していますが、日経新聞の記事には取材対象としての東証が登場するだけで、決定当事者としての東証は現れず、そういう視点はなかったようです。

 

両紙の取材結果がこのように違ったのは何によるのでしょうか。東証幹部が毎日記者と日経記者に違うことを答えたということは考え難く、東証側のその都度の判断の変化による回答のばらつきを想定しても、ここまで結果が違うということにはならないでしょう。この場合、記者の主観が日経の場合、上場廃止の側に傾いていて、その傾きがこの違いを生むことになったのではないかと、私は推測します。このような主観の働きが悪いというのではなく、この働きには一定のリスクがあり、新聞記事を作るほどの者はそのようなリスクがあることに自覚を持つべきだと思うのです。

 

この場合、東証の結論が上場廃止となる可能性が皆無だったわけではなく、結論が廃止ということになれば、日経の記事はスクープとなり、毎日は日経の後塵を拝するだけのことになったでしょうが、新聞記事の作り方としては、この場合は、毎日の方がまっとうであったというのが私の感想です。

 

4 朝日新聞の場合

  朝日新聞は、日経の3日後の33日に、「日興、上場廃止へ」と題して上場廃止を報道しました。

 

  「東証は、日興の特別調査委員会が、山本元・前グループ財務部門執行役常務らが一連の不正に関与し、有村純一前社長の関与も疑われる、と指摘したことなどを重視。最終的に利益の水増しが2年間で約420億円にのぼったこともあり、「組織ぐるみの不正は悪質で、市場や投資家に与えた影響は大きい」との見方を強めている。」

 

  朝日新聞がこの記事で、東証による上場廃止決定の根拠として挙げたのは、上の引用部分に示されているように、日興の特別調査委員会の調査報告書の内容を見て、東証内部で日興の不正会計は組織的かつ悪質との見方が強まっているとの判断でした。

 

  312日の東証決定の後、318日付で朝日も「検証 日興「上場維持」」と題した検証記事を掲載しています。この記事の前半部分は、日興株が監理ポストに割当てられた後、それが解除されるまでの3ヶ月弱(200612月下旬〜20073月上旬)の期間における東証内部の動きについて分析しており、要点は以下の3点です。

 

@  東証は、(日興の不正会計の)影響の重大さを判断するうえで、「組織性」と「悪質性」に着目

A 2月以降、日興特別調査委員会の調査委報告を踏まえ、「組織性」や「悪質性」を問題視する見方が強まっていった

B 3月に入り東証上場部は(日興グループの)前経営陣を呼び、前役員らが悪質な行為を指示したのかをただしたが、直接の関与を裏付ける証言は得られなかった。

 

  朝日の検証記事には、副題として「東証、最初は廃止に傾く」とあります。2月末まで東証内部の動きは、上場廃止の方向へ向っているように見え、朝日新聞はその動きを「上場廃止」の確証と見て報道したが、皮肉なことにその直後、東証は最後の詰めの作業として、日興の旧経営陣等関係者からのヒアリングを行い、その段階で(旧経営陣が組織的、意図的に関与したという)決定的な証拠が得られなかったために、逆転があり、「上場維持」ということになったのだと言いたいようです。毎日新聞も検証記事の中に「日興グループ調査委員会の調査報告書が出た後、東証は「組織ぐるみで悪質」との認識に傾いた」と書いていますから、東証内部にそのような動きは実際にあったのかもしれません。しかし、それを誤報の言い訳とすることは妥当ではなく、同じ動きを把握していた毎日は、「それでも」と反証を挙げて誤報を防止したのですから、朝日の取材は最後の詰めを欠いたというのが、妥当ではないでしょうか。

 

  東証の西室泰三社長(当時)は、日興グループ株を管理ポストから解除する決定をした312日に記者会見に応じ、東証の審査プロセスについて要旨次のように述べています。

 

@    日興グループが130日に開示した調査報告書には、関係した旧経営陣の関与状況についての見解が示されており、東証の審査の参考になった。

 

A    227日には、この事案の虚偽記載の内容を最終的に確認できる、最重要な書類である有価証券報告書の訂正報告書が提出され、東証はその詳細な分析を行ったが、最終的にはこの訂正の内容は、従来の上場廃止基準の運用実績に照らして、上場廃止が相当と認められる程度には至っていないと評価した。

 

B    虚偽記載の影響の重大性を検討するもう一つのポイントである組織的な関与の状況については、この事案の端緒となった課徴金勧告の対象とされた行為を中心に、関係者へのヒアリングや関連資料の分析を行って来た。複数の当事者が不適正な行為に関与したと見られる状況はあるが、日興グループとしてそれが組織的・意図的に行われたとまでは、認定できず、上場廃止が相当と認められる程度にまでは至っていないと判断した。

 

    上記のうち、Aは日興グループによる不正会計処理の程度を指したもので、その利益水増しの程度が、上場廃止相当に達していたとまでは言えないということを意味しており、@とBは、日興グループの旧経営陣の不正行為が組織的・意図的に行われたものかどうかを審査する際に、東証は日興の特別調査委員会による調査報告書も参考にしたが、それだけではなく、自ら事実を確認するために関係者からヒアリングを行ったこと、その結果、確証は得られなかったということを意味していると考えられます。西室氏の記者会見でのこの発言内容は、15日の毎日新聞の検証記事の分析とほぼ一致しており、毎日新聞はこの期間における東証の動きとその意味を正確に把握していたと考えられます。

 

    いっぽう、朝日新聞は@日興調査委員会の報告(の東証にとっての意味)を過大に評価し、A利益水増しの程度について、東証側が重視していることを過小に評価(ほとんど無視)し、B東証による日興旧経営陣のヒアリングについては、事後的(「上場廃止」報道の後)にしか捉えられなかった。などの小さいとは言えないミスを重ねて犯しています。

 

    この両紙の相違は何によって生じたものなのでしょうか。私は、この要因が朝日新聞の他者を理解しようとしない過剰な主観性にあるのではないかと考えています。例えば、朝日新聞は、32日、「上場廃止」報道の前日に、「日興 上場廃止もやむを得ぬ」と題した社説を掲載し、その中で、証券会社の市場に対する重い責任を強調して、「上場企業の模範となるべき存在でありながら、市場を裏切るような振る舞いをした証券会社の株を、そのまま上場させておくわけにはいかない。」と主張しています。更に313日、東証決定の翌日には、「日興―納得できない上場維持」と題した社説により、「市場の公正さを守り、他の上場企業の模範となるべき証券会社が犯した会計の不正である。責任は重く、上場を許しておいては、内外の投資家の不信を招きかねない」として、東証の決定を批判しています。このような意見に対して東証の西室氏は、12日の記者会見で、「上場の継続、あるいは廃止という判断そのものはユニバーサルな判断でなければならない。」、「(ユニバーサルな判断とは)会社の属性によって変わってはいけないという意味」、「上場継続か、廃止かという判断において正しいかどうかという意味では、私共の結論は上場の判断は属性にかかわらずということ」と明白に答えています。西室氏はこの見解について根拠を特に述べていませんが、断固たる口調はこれが氏の信念であることを物語るものです。明らかに朝日新聞と西室氏の見解には原則上の対立があるのですが、朝日新聞は13日の社説では、この点については「日興が市場をリードする立場である点については、(西室社長は)特別の考慮をしなかったという。」と軽く触れているだけです。

 

    また西室氏は、記者から金融庁が日興に課した5億円の課徴金というペナルティーに相当する東証のペナルティーが注意勧告の実施だけなのかという質問を受けて、東証の日興に対する一連の措置には投資家保護の側面があるということに触れ、次のようにも答えています。

 

    「これはペナルティーだけではなく、投資家保護のための措置の一環であり、その中で注意勧告とか、改善報告書の提出とかをやってもらうということ、つまり市場を安定的に運営して行くために排除するに足る理由があるかというと、そういう決断は下せないと判断した。」

 

    この点について、朝日の13日の社説では全く言及がなく、2日の社説において僅かに「上場廃止となれば10万人近い日興の株主を始めとして、証券市場に与える衝撃は大きい。しかし、それでも上場廃止を避けるべきではないと思う。証券会社の責任は特段に重いからだ。」と述べるに留まっています。

 

日興株の上場を続けるかどうかという問題について意志決定するにあたって、東証がどのような原則に立って考え、決定したかについては、朝日新聞は殆ど関心がないようです。勿論、朝日側には東証の考えや原則に賛同すべきいわれはありませんが、少なくとも、東証の決定について報道しようとするにあたって、決定の根拠を正確に理解していなければ、この場合のように全く見当違いのニュースを大衆に対して提供するリスクが高くなり、マス・コミが提供する情報によって動かされることの多い現代の大衆社会に大きな混乱を引き起こす危険性もまた高くなるのではないでしょうか。実際、朝日新聞の検証記事には、次のような1節もあります。

 

    「日興の株価は、日経報道で値幅制限いっぱいの前日比200円安(1147円)まで下落。朝日の記事は土曜日付で、週明け5日に前週末比73円安となった。(中略)上場廃止は、株主が売却を急ぎ、株価が下落する場合が多い。東証の西室社長は上場維持を発表した12日の記者会見で、「誤った情報を一方的に出されたことが連続した。誠に世論を誘導するという形では残念な事態だった」と批判した。」

 

    自らの報道の影響に関して他人事のような調子で述べているのは気になりますが、記事のもたらす結果に無頓着ということではないようですから、この失敗を糧に取材能力を一層磨いて、常に取材対象を正確に理解しようと心がける謙虚さを取り戻して欲しいと思います。(2008.5.15)

 

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