続・新聞の研究(その2)“かんぽの宿”騒動記(完結篇)
(前篇・中編の要旨)
前篇では、まず“かんぽの宿”問題で対立することになった鳩山前総務相と西川日本郵政(株)社長それぞれの発言内容を総務省および日本郵政(株)(以下では日本郵政と略す。)のサイトにある記者会見記録等の抜粋によって確認した。鳩山氏の意見の要点は、“かんぽの宿”問題は、郵政民営化の光と影のうちの影(汚点)であり、“かんぽの宿”入札の実態は、国有財産を不当な低価格で、意図的にたたき売ろうとした不公正な取引であって、そのような取引を承認した西川氏の責任は免れ難い。取締役を継続することは認められない(認可しない)ということであった。一方、西川氏の意見は、同取引は適正に行われたものであって、日本郵政として(配慮に欠ける面はあったかもしれないが)不正とか、不正義に相当することにはまったく関与していないというものであった。
次に第三者のうち、与党政治家の菅義偉氏と甘利明氏のホームページ上の発言記録を参照して、鳩山発言と比較してみた。鳩山氏と菅氏の発言は、それぞれの政治的立場を反映して対照的であり、菅氏の意見は郵政民営化推進派の立場を、鳩山氏の意見は、民営化見直し派としての立場を色濃く反映するものであった。
中編では、前篇に引き続き、第三者の報告として、日本郵政第三者委員会の報告書を取り上げて、総務省による業務改善命令書との対比において、いずれの見解が真実に近いかについて検証を試みた。譲渡契約全体を出来レースによるたたき売りで不正義に相当する(総務相発言)と考える総務省の命令に対して、契約価格は当時(2008年12月)の市場が評価した価格で、譲渡契約は様々な制約下にある日本郵政が選択した、一定の合理性を備えたもので、不適正とはいえないとする報告書について、比較すると、日本郵政の動機を説明できない命令書よりも、委員会報告の方に合理性があり、減損処理後の低い評価額を基準にしていることについても、事業譲渡の選択をするうえでやむを得ないものであり、この価格を不当な価格とは言えないとする報告書の方が、市場の常識に基づいていると考えられるとした。
3 新聞報道と論評について
前項2において引用した記録は、前篇・中編を通して、すべてインターネットの個人・企業・官公庁サイトに公表されたものを利用しており、新聞記事からの引用は全くありません。これは、新聞を利用しなくても、世の中の動きは追跡できることを示し、更に新聞情報とこれら発信源のいわば生(なま)の情報が、どのくらい異なるのかを確かめたいという意図に基づいて行ったことです。以下では、この問題について新聞がどのように報道・論評してきたかを、主として日経・毎日・読売3紙の社説からの引用によって跡付けてみようと思います。
| 時期 | 日 経 | 毎 日 | 読 売 |
|
(1)譲渡中止要請
2009.1.6
|
09.1.9
総務相の「待った」に異議あり
日本郵政は昨年4月に譲渡先の募集を始めた。27社が名乗りを上げ、2回の入札を経て、最も高い金額を提示したオリックスに70施設を一括譲渡することを年末に決めた。4月に予定した譲渡後も施設に勤める約3000人の雇用は維持する。赤字事業を極力早く手放すのは経営健全化を急ぐ日本郵政として合理的な判断だ。(中略) |
09.1.20
かんぽの宿譲渡 与党の民営化姿勢問われる |
この時点では論評なし。 |
|
(2)譲渡契約の白紙化発表
2009.1.29
|
09.1.30
「かんぽの宿」不可解な凍結 |
09.1.31
かんぽの宿 109億円で売っていいのか |
09.2.1
かんぽの宿 「入札」経緯をすべて公開せよ |
|
(3)業務改善命令
2009.4.3
|
09.4.12
不正も将来も見えない「かんぽ」問題
オリックスの宮内義彦会長が政府の規制改革・民間開放推進会議議長だったのを引き合いに「売却は出来レース」と疑惑を声高に叫んだ総務相だが、根拠はあいまいなままだ。改善命令は日本郵政が提出した大量の資料を分析した結果だ。真相解明には一区切りがついたのに、オリックスを意図的に落札させる不正の証拠はこれまで出てきていない。 |
09.4.5
かんぽの宿問題 透明な手続き不可欠だ |
この時点では論評なし。 |
|
(4)第三者委員会報告
2009.5.29
|
09.6.5
首相は西川氏続投で事態収拾に動け |
09.6.6
郵政トップ人事 ガバナンスがなさ過ぎる |
09.6.6
日本郵政人事 核心は不祥事の経営責任だ |
|
(5)
総務相解任
2009.6.12
|
09.6.13
鳩山氏更迭を民営化再加速につなげよ
もっと早く決断すべきだったが、鳩山氏の罷免も辞さぬ姿勢で収拾に動いた首相の判断は是とする。鳩山氏の更迭を契機に、民営化路線を再加速させる必要がある。
鳩山氏は日本郵政が宿泊施設「かんぽの宿」をオリックスに一括譲渡しようとした問題を「不正義」と批判し、西川氏の経営責任を追及してきた。しかし鳩山氏は西川氏を更迭させる明確な根拠を最後まで示さず、その主張に説得力はなかった。(中略) |
09.6.13
鳩山総務相更迭 政権の迷走は極まった
そもそも問題の発端は今年1月、「かんぽの宿」の不透明な売却に鳩山氏が異論を唱え始めたことだ。その後、日本郵政関連では障害者団体向け割引制度を悪用する事件も発覚した。毎日新聞が指摘してきたように、西川氏の進退は、こうした問題に対する経営責任をどうとらえるかの観点から議論すべきだった。(中略)
今回の件に関しては鳩山氏の主張に分があると考える国民は少なくないだろう。(中略) |
09.6.13
鳩山総務相更迭 日本郵政は体制を一新せよ |
(1)
鳩山総務相による譲渡契約中止要請(2009.1.6)
今年の1月6日に、鳩山総務相が日本郵政に対して、“かんぽの宿”譲渡契約の中止を求めたことを発表した直後には、新聞各紙(参照したのは全国紙5紙)のうち、日経、朝日、産経の3紙は、総務相の要求の根拠が不明確であり、27社が応募して決定した入札結果をさしたる根拠も示さずに否定することは不当であるとして、総務相を批判しています。なお、このうち、朝日は自民党内の郵政民営化見直しの動きとの関連にも触れ、産経は日本郵政に対して入札手続きに関する情を報公開すべきことを主張しています。毎日は、上記引用のとおり、総務相に対する批判のトーンは強くなく、むしろ引用部分の他に、産経と同様に、売却の手続きや、プロセスを日本郵政は公表すべしと述べています。読売はこの時点では、論評をしていません。なお、この時点で、鳩山総務相が挙げていた譲渡契約に対する疑問点は、何故不況下の今売るのか、何故譲渡先がオリックスなのか、何故こんなに安く売るのかという3点でした。
(2)
日本郵政による譲渡契約白紙撤回の発表(2009.1.29)
日本郵政の西川社長は、1月29日には、オリックス不動産との間で取り交わした譲渡契約を「白紙に戻して再検討する」旨を発表しましたが、この事態に対する各紙の論評は、はっきりと分かれます。日経は、「不可解な凍結」と題して、総務省、日本郵政とも入札に関する情報を公開しない状況の下で、日本郵政の西川社長が「入札結果は公正である」旨を述べていることに対して、ならば、契約の白紙撤回はすべきでなく、総務省に粘り強く反論すべきとの正論を述べ、一方毎日は、「109億円で売ってよいのか」と題し、取得価格よりも大幅に安い価格で売ることに対して、国民の間に疑念が生じ、この売却問題が政治問題化している状況下では、契約の凍結は当然と主張しています。読売はこの段階ではじめてコメントし、毎日と同様に取得価格と契約の価格の乖離を理由に、第三者委員会の検討をまって処分を決めよと述べています。この他、朝日は「徹底調査と公表で道開け」、産経は「日本郵政は情報開示せよ」と題する社説で、日経紙とほぼ同趣旨の論説を展開しています。これらの論説のうち、どれを是とし、どれを否とするかは、論者の立場・思想によって分かれるのでしょうが、筆者は、日経等3紙の論を正論と受け止め、毎日、読売各紙の論は、事実の認識が浅薄・不正確である点において否とします。浅薄・不正確とは、取得価格24百億円の資産を109億円で売却することについて、「安すぎる」という総務相の言い分を鵜呑みにして、契約の白紙撤回、再検討に同調している点です。この点について朝日は、「事業用の不動産価格は事業の収益性で決まる、というのが今日では常識になっている。ところが、売却施設のうち黒字が出ているのは11だけで、全体では40億〜50億円の赤字が毎年出ている。そのうえ、正規・非正規3,200人の従業員の雇用継続にも努めなければならない。こうした条件のもとで、入札は行われた。となれば、当初の投資価格から大幅に下落するのは避けられないと思われる。」と冷静に分析しており、契約を肯定はしてはいませんが、事実を更に究明すべきことを主張しており、入札をめぐる真相が明らかでなかったこの段階では、これが最も公平な見解といえるのではないでしょうか。毎日は自説を補強するために、国民の疑念、政治問題化、野党の批判といった言葉まで持ち出していますが、世論や政治の流れに迎合する論調は論外です。
(3)
業務改善命令公表(2009.4.3)
4月3日には、総務大臣名による「日本郵政株式会社法第14条第2項に基づく監督上の命令等」、いわゆる業務改善命令が日本郵政社長宛に出されました。これに関して論評を加えたのは、日経(不正も将来も見えない「かんぽ」問題)、毎日(透明な手続き不可欠だ)、朝日(かんぽの宿―大山鳴動して何が残った)の3紙だけでした。この段階は、総務省側は、日本郵政提出資料の精査を終えていたのに対して、日本郵政側は未だ第3者委員会の報告書も出ず、もちろん入札情報の公表もしていない時期で、いわば総務省ペースで、この問題が取り運ばれていた時期でした。日経紙のスタンスはこの時期にも一貫しており、「真相解明には一区切りがついたのに、オリックスを意図的に落札させる不正の証拠はこれまで出てきていない。」と述べ、政治が民営化企業の経営判断に横やりを入れるような行為を繰り返していては、内外の企業は民営化企業と安心して取引できないとして、総務相を批判しています。一方の毎日はここでも総務省側の意見を含んだ発表情報をそのまま事実として扱い、「(日本郵政は)資産売却などに当たっては一点の疑いもない手続きが求められる。今回のような「出来レース」の疑いの生ずるような売却方法は論外である。」という言葉遣いまで、鳩山口調そのままになっています。日経紙が郵政民営化推進路線支持の立場に立っているのに対して、毎日紙は中立・公正を心がけているように見えますが、政治や世論の趨勢の中で、新聞メディアの中立・公正という立場が如何に脆いものかが、ここに現れているように筆者には感じられます。
(4)
第三者委員会報告書の公表(2009.5.29)
日本郵政第三者委員会の報告書は、5月29日に西川社長に提出され、同日公表されました。この時期は、6月末の同社株主総会開催と、取締役の再任にかかる認可期限を控えて、西川社長の再任を認めるべきか否かという問題が、メディアでもしばしば取り上げられ、「西川社長の続投は認められない」旨の発言を繰り返していた鳩山総務相の姿勢が自民党内、麻生内閣内部でも問題視されるようになっていました。この報告書が公表された直後の6月初めの時期の5紙の社説はすべて日本郵政の社長人事を主題としており、うち、この報告書の内容に触れているのは日経および読売の2紙だけでした。
このうち日経は、「第三者委員会は、報告や記録にいくつかの問題があったと指摘したものの、売却の決定自体が「不適切なものとは考えない」と総括した。総務相はこれも「お手盛り」と批判した。総務省が日本郵政の提出資料を分析した際も、オリックス側を有利にする不正行為の決定的な証拠は出ていない。」と論評し、続けて「ここは首相自身が西川氏に引き続き改革を託す形で、事態を早く収拾すべきではないか。」と述べ、西川氏続投支持の立場を明確にしています。
一方の読売は、「日本郵政が設置した第三者検討委員会も文書管理の杜撰(ずさん)さなどを列挙し、「著しく不適切」と断じた。西川社長の再任を支持する人たちは、これらの調査で違法行為がはっきりしなかったことを理由に挙げるが、違法行為の有無とは別に、経営者としての責任は厳然として残る。」と書き、西川氏の責任を厳しく追及すべきという立場をとっています。
それぞれ、自説の根拠として報告書の異なる部分を引用しているため、結論が正反対になっているのですが、この場合、注意すべきは読売紙が引用した部分は、報告書の脇筋であって、報告書が全体として述べているのは、日経紙が適切に要約しているように、「売却の決定自体が「不適切なものとは考えない」」ということですから、読売紙が西川氏の責任を問うのであれば、上記部分の引用に依るだけではなく、報告書の本旨に対する反論を加えたうえでないと、公平な論説とは、到底言えないでしょう。なお、日経紙の上記社説が掲載された、6月5日に行われた記者会見記録の日本郵政問題の関する質疑の中に、鳩山総務相の次のような、慨嘆(?)の言葉が残されています。「日本経済新聞とかいろいろ書いておられるようですけれども。日本経済新聞は不正義が大好きだということなのですか。私には理解できませんよ、全く。」自ら招いた事態とはいえ、この頃には流石の鳩山氏もかなり追い詰められた心境にあったのかもしれません。
(5)
鳩山総務相解任(2009.6.12)
日本郵政の社長人事を巡る意見の対立は、郵政民営化推進派と、見直しを主張するグループとの対立を生じ、麻生内閣の存立を揺るがす程の大きな問題になりかねない騒ぎになったため、6月12日に麻生首相は鳩山総務相を官邸に呼び、この日の午後、鳩山総務相は首相に辞表を提出しました。新聞等メディアはこのニュースを大きく扱い、翌13日の朝刊は各紙とも、一面で報道しました。この日の各紙社説を見ると、
日経は、これまでの論調を変えずに、「鳩山氏の罷免も辞さぬ姿勢で収拾に動いた首相の判断は是とする。鳩山氏の更迭を契機に、民営化路線を再加速させる必要がある。」と書いています。一方毎日は、「西川氏の進退は、こうした問題に対する経営責任をどうとらえるかの観点から議論すべきだった。(中略) 今回の件に関しては鳩山氏の主張に分があると考える国民は少なくないだろう。」と書き、
読売は、「今回の問題の核心は、「かんぽの宿」の不明朗な売却手続きなど不祥事が続発しているのに、西川社長が経営者としての責任を果たさなかったことにある。(中略)不祥事に対する説明不足や経営責任を問う鳩山氏の主張には、肯(うなず)ける部分が少なくない。鳩山氏の指摘に共感する人は多いのではないか。」と書いて、両紙とも鳩山更迭に対する疑問を述べています。
この他、朝日は、「「かんぽの宿」をめぐる不適切な経過や郵便不正事件など、西川郵政にも問題はあった。だが、民営化が始まってまだ1年8カ月。色濃く残る官業体質を改革するには西川社長に頑張ってもらうしかない。首相がそう判断したとすれば理解できる。」と書き、
毎日、読売両紙はここでも、鳩山支持の姿勢を保持しており、毎日の場合は、国民の支持、読売はほぼ無条件の鳩山正義論を採っていますが、両紙ともにこの問題を巡る事実の捉え方に誤りがあるという筆者の考えに変わりはありません。6月13日の新聞は、総務相辞任を伝える記事の中で、次のような特種を掲載していました。
「6月3日夕。鳩山氏は渡辺氏と東京都内で極秘に会談した。渡辺氏は「鳩山さん、あなたは英雄だ。西川は悪者だ」と激励。さらに「あなたを切って西川を残す。これがどういうことか。簡単に分かる話なのに、麻生も与謝野も分かっていない」と語った。渡辺氏の一言一言が鳩山氏を鼓舞したのは間違いない。」(2009.6.13毎日)
「3日に密会した渡辺恒雄・読売新聞グループ会長からは「あんたは英雄だ。英雄の言うことを聞かないで、悪者を続投させるような総理は認めない」(2009.6.13朝日)
これらの記事が、真実を伝えているのであれば、日本一の発行部数を誇る大新聞のトップの地位にある人物が、対立する政治問題の一方に肩入れして、その立場から自社の論調を統一して、一般大衆に向けて発信していたことになります。「李下に冠を正さず」とは、オリックス社に限らず、日本一の大新聞なら、より厳格に肝に銘ずべきと考えるのは筆者だけでしょうか?
[2009.9.10]
(あとがき)
前篇の文中で、郵政民営化の意味について追及したい旨を書きましたが、本文が予想外に長くなってしまい、そのゆとりがなくなってしまいました。8月末の総選挙の結果、政権が民主党に移ったこともあり、民営化の行方は益々不透明になりそうです。もう少し時間をかけて、研究したうえで、機会があれば、改めて追及してみたいと思っています。